「ねぇ、全然雨止まないよ?」
「そんなこと言ったって、オレにどうにもできないじゃん」
2人の会話をかき消すくらいに、タープに雨が落ちる音がドンドン酷くなってきた。
「やっぱデカめのタープにして正解!」
大きすぎるよってブツブツ言ってごめんなさい。
確かにテントは一切濡れないし、起こした火を囲むスペースもある。
早速コーヒーを淹れてくれるらしい。
カップを並べたりお湯を注いだりしている、その、手や指。
たまらなく好き。
「何ボーっとしてんの?」
相変わらず、わたしが智くんに見とれていると、
必ずと言っていいくらいボーっとしてるって言う。
そろそろ気づいても良くない?
あえて言うなら、うっとりしてるの。
「ボーっとなんかしてないもん!」
ふふふって笑う智くん。
「はい、○○ちゃんの分」
いい香りにふんわりと包まれたカップを、智くんの手から受け取るわたし。
何気なく触れた手にドキッとする。
手を繋ぐ時の感触とも違うし、
わたしの肌の上を這う時の感触とも別な感じ。
「ありがとう!」
鼻いっぱいに香りを堪能してから、淹れたてのコーヒーをひと口含む。
「!!!美味しい!」
「だろ〜?」
ってドヤ顔してるけど、わたしが口にする時一瞬不安そうな顔したのちゃんと見てたんだから。
次はマズイ!ってイジワル言っちゃおうかなぁなんて。
でも、絶対そんな事は無いのにウソは言いたくないなぁ……
「晩ご飯も超美味いやつ作るから楽しみにしてろよ~」
今日のキャンプは智くんからのご招待キャンプ。
だからわたしはじーっと智くんを眺めてるだけでいいの。
待ち合わせ時間を10分過ぎた。
智くんが遅れるなんて珍しい。
どうしたんだろ?
ちょっと帯を締めすぎたかな?
今日のために新調した浴衣にウキウキ気分のわたし。
「○○ちゃんが浴衣着るならオレも着ないわけにいかないじゃん」
去年は「行きたいね!」って言いつつ行けなかった花火大会は1年経って初の浴衣デートに決定。
ふーっと息をはきつつ帯をなでなでしながら、スマホを眺めるわたし。
連絡もないね。
ここから歩いて10分ぐらいの少し高台にある公園が穴場らしく、この通りも人が少なくてホントに穴場なんだ!って花火がますます楽しみになってきてニヤニヤしちゃうわたし。
あ、左手に握ったままのスマホがブルっと震えた。
そっか、、、
LINEの通知に「ごめん」って文字が見えた。
遅れるとかじゃなくて、ダメなんだろなって感覚的に分かった。
すぐに開くことが出来ない。
1分ぐらい経って、未読のままじゃいけないよね…と思って仕方なく開いた。
「ごめん、ホントにごめん。どうしても外せない用が出来て行けなくなった。もっと早くに電話しようと思ったけど電話も出来なくて。2時間くらいで帰れるから俺の家で待ってて。ごめんな」
やっぱりダメな方だった。
返事をしなくちゃいけない。
「うん、わかった」
とだけ送った。
ちょっと気持ちがしんどくてどうしていいか分からず、その場にじっとしていると花火の音が聞こえてきた。
始まったんだ。
空を見上げたけどここからは見えなかった。
「やっぱり今日は自分の家に帰ります」
とメッセージを送ってスマホをしまった。
家に着いてすぐ浴衣を脱いでTシャツと短パンに着替えた。
仕方ないって理解している気持ちと、やっぱり淋しいっていう気持ちが半々ぐらいでぐちゃぐちゃだ。
チャイムが鳴ってハッとするわたし。
もうこんな時間だったんだ。
ずいぶんぼーっとしてたみたい。
鍵を開けたらスゴい勢いでドアが開いた。
「良かった〜ちゃんと居た。スマホはっ?」
少し息が上がってる。
「え、あ、マナーモードにしたままカバンの中かも…」
スマホを確認すると智くんからの着信がいっぱい。
心配かけちゃったのかな?と思っていたら、
後ろからふわっと包まれた。
「ホントに今日はごめん」
耳元で聞く智くんの声はズルい。
「うん。仕方のないことだから大丈夫」
「ちゃんとホントの事も言って」
「え?ホントの事って?」
「ホントはどう思ってるのかちゃんと言えってこと」
「・・・・・・智くんのアホ」
「ふふふっ。出たっ関西弁!」
「オレはアホだー。○○ちゃんの浴衣姿を見逃したほんまのアホだー」
微妙にイントネーションが違う関西弁はいつ聞いても愛しい。
ほんまにアホだよ…
智くんの体温と耳元で聞こえる優しい声と、
淋しい気持ちも伝わってるのが分かって、
ぐちゃぐちゃだったわたしの心はすっかり安心して落ち着いた。
「もう大丈夫だから」
すると智くんはわたしを抱きしめている腕に力を入れてギューってした。
少し汗ばんだ智くんの肌がわたしの首筋にあたる。
「代わりに今度キャンプに招待する」と言った唇はそのままうなじを這いはじめて、もうわたしは返事が出来なかった。
「あと、プレゼントしたいものがあるからちょっとあっちの方に座って」
ってタープの端の下、ぎりぎり雨に濡れない所を指差す。
訳がわかんないけど、コーヒーの入ったカップとイスをそれぞれの手に持って移動するわたし。
「この辺でいい?」
「うん。こっち向いてそこ座って」
そして、荷物の中からスケッチブックと鉛筆を取り出して私の方を向いて座る。
これって……
「コーヒー飲みながらでいいから、じっとして笑ってて」
「笑うって。それすごく難しいよ…」
「じゃあ、なにか嬉しかったこととか楽しかったこと思い出してみて」
もう鉛筆を動かし始めてる。
ヤバいよ。
笑うっていうより泣きそう。
笑えない。
「アハハ、難しい顔しすぎ」
智くんの視線がわたしのパーツを見てる。
目が合ってるようで合ってないような不思議な感じ。
こんな日が来るなんてもっと不思議な気分。
初めて会った日のドキドキとはまた違うドキドキ。
あの日から今日まで信じられないくらい嬉しいことや楽しいことの連続で、改めて思い出すと心臓がひぃってなってくる。
そんな夢のような日々は現在進行形。
2メートルくらい先で、
智くんがわたしを描いてる。
その姿を見ていられる今が、最高に幸せで嬉しい。
ずーっと見ていたい。
「描けたー!」
30分くらい経ってたんだ。
あっという間でびっくり。
終わっちゃったのがとても残念。
「もう見てもいいの?」
「いいよー」
描いた絵を優しい顔で眺めたままの智くんの後ろに立つわたし。
これがわたし?
自分で言うのも変だけど、ステキに微笑むわたしがいた。
これが智くんが描いたわたし。
「なんか言ってよ」
「わたしじゃないみたい」
「ふふふっ。途中から○○ちゃんが何を思い出してんのか分かった」
なんで?分かったってなに??
「オレ、昔言ったことあるよね?『その顔他のオトコに見せんな』って。そん時の顔してたから」
ってちょっと照れた顔をした。
それを言われた当時、どんな顔だよ…って思ってた。智くんのこと考えてる時、わたしこんな顔してるってこと?
幸せって顔してるね。
智くんがそうさせてるんだよ。
分かって言ってるのかな。
「絵、どう?」
「すごく嬉しい。嬉しすぎてなんて言葉にしていいかわかんない」
「オレん家に飾っとく?」
「恥ずかしいからイヤだ」
はい!って差し出されたスケッチブックを両手で受け取るわたし。
「あ、ありがと」
今この手に智くんの描いたわたしがある。
サプライズすぎるプレゼントに心がついてけない。
「あー集中したらなんか腹減ってきた。アレ持ってきてんでしょ?食べたい」
やっぱり持ってきてるって分かってたのか。
わたしは胸がいっぱいで全くお腹減らないな。
だから1本だけカバンから出して智くんに渡す。
「うめぇ〜、山ん中で食うフロランタン最高!」
ニコニコして食べてる。
「○○ちゃん食わないの?」
フロランタンかじりながらモゴモゴしちゃってる。
「お腹減らないもん」
「いつも美味いけど、いつもよりもっと美味いから食ってみ?」
差し出されたフロランタンを少しかじった。
1本のフロランタンを一緒にかじると普段より美味しい。
でも、今日のフロランタンはいつもより甘くて、もっともっと美味しかった。
絶対忘れない味がした。
「ご招待キャンプも楽しいけど、来年は絶対花火大会に行こうね」
「おぅ、絶対行くぞ」
浮かんできた涙を隠すため、うつむいたままなわたしの頭をポンポンてしながら約束してくれた。
「あ、雨止んだじゃん!」
顔を上げると空が少し明るくなってた。
智くんが笑ってたから、わたしも笑った。
キャンプはまだ始まったばかりだもんね!